季刊紙「Science School News 第1号」


掲 載 記 事

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「宇宙の話を聴き、子どもたち実験に歓声」
 サイエンススクール・山形で開催

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 去る三月十五日「親子で学ぶサイエンススクール」が山形県主催で上山市体育文化センターのエコーホールで開催されました。
 このサイエンススクールは小中学生を対象に、次世代を担う子どもたちに科学に接する機会を提供し、もっと科学に興味を持ってもらおうと山形県が主催したものです。
 講師は科学ジャーナリストの中村浩美先生=写真右=、特別ゲストとして声優の山田ふしぎさんが出演し、上山市と山形市の親子あわせて約四百人が集まりました。
 講師の中村先生は、一億分の一の地球儀を使って地球や月や他の惑星の大きさや距離を説明し、さらに火星探査機や火星の生命体の可能性といった最新の話題まで広く解説しました。また、宇宙から見た地球の映像を見ながら「二十一世紀に入って宇宙や宇宙ステーションに行くのはみなさんです」と参加の子どもたちに語りかけました。
 参加の子どもたちは、大気圧で一斗缶をつぶす実験=写真左=などを興味深く見つめ、火星の低温を実感するための液体窒素を使った実験などに歓声を上げていました。
 最後の質問コーナーでは、子どもたちから「スペースシャトルはどうやって着陸するのですか?」など、活発な質問がをでていました。


「小さな科学館は駅の中」
 雫石銀河ステーション

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 盛岡から秋田新幹線のルートであるJR田沢湖線で三つ目の駅が雫石(しずくいし)駅。雫石町の施設である雫石銀河ステーションはその雫石駅にあります。つまり駅の中にあるのです(正確にいうと合築と言うのだそうですが)。開館は秋田新幹線開通の日の三月二十二日。駅の改札をでると雫石銀河ステーションの観光案内センター、そして会議室などとして利用できるふれあいルームと町民ギャラリー。一階に地元の特産品を展示販売している「プレオ雫石」、そして賢治文庫「星めぐり館」があります。特にこの賢治文庫「星めぐり館」には、約六百冊の宮沢賢治関連の書籍、約千冊の科学の図書と相当数のビデオライブラリーがあり、五十四席のミニホールにも変身するフローリングのスペースも備えています。駅の南北をつなぐ自由通路の天井には、大正六年七月七日に雫石で宮沢賢治が見上げたはくちょう座とさそり座が瞬いています。「宮沢賢治を文学者としてだけでなく、科学者の側面にもスポットをあてたい」を話すのは町の関敬一さん。この銀河ステーションの計画を進めたお一人でもあります。この新しい駅舎ができて乗降客はとても増え、車での盛岡や秋田から見学者も多くなったそうです。
 お問合せは、雫石町企画調整課(電話019―622―2111)。

「火星(マルス)通信」
 人類は火星をめざす……中村浩美

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 いま2機の探査機が、火星に向かっている。アメリカの「パスファインダー」と「グローバル・サーベイヤー」だ。これからほぼ2年ごとに、人類は火星に探査機を送る予定になっている。その中には、日本で初めての火星探査機「プラネットB」もある。
 火星は私たちの隣りの世界だ。太陽系の中で最も地球に近く、また共通性もある惑星だ。宇宙飛行士が安全に着陸できる、最も近距離の惑星でもある。そして将来人類が移住できる可能性を持つ、太陽系で唯一の惑星だろう。さらに過去に、もしかすると現在も、生命が存在する可能性がある、太陽系で唯一のの惑星でもあるのだ。
 火星と地球はよく似た惑星だ。しかし決定的な違いもある。地球は生命に満ちあふれた、水の惑星だ。一方の火星は、過去にはどうあれ現在では、冷たく乾燥した空気の薄い世界になっている。四六億年前に一緒に生まれたこの姉妹星が、いつどのようにして異なった方向へ進み始めたのか。どうして火星は地球になれなかったのか。そこには、これからの地球のために、知っておくべきことがありそうだ。地球の過去をより深く知るためにも、地球の未来を考えるためにも、火星は貴重なヒントを与えてくれそうだ。
 火星を探査し、宇宙的視野をもつことによって、私たちは地球と人類の宇宙的な位置について、理解を深めることができる。そして地球の環境がいかに壊れやすいものか、危ういところで辛うじて、地球が火星にならずに済んだかを知ることになるだろう。そして地球の未来に対して、全ての人類が責任を共有していることを、改めて学ぶことにもなるだろう。
 なぜ地球には生命が誕生して進化して、知的生命体を生むに至ったのか。その生命に適した環境が、どのようにしてこの惑星で形成されたのか。火星と地球には、どの時点まで共通性があり、どの時点から相違が支配するようになったのか。地球の歴史と、地球の生命の歴史を知るためにも、この星に留まっているだけではだめなのだ。鍵は地球ではなく、宇宙にある。とりわけ姉妹星の火星は、知識の宝庫なのだと思う。
 だから人類はいま、火星をめざす。

「インタビュー」
 水野秀樹氏

(NTTマルチメディアビジネス開発部担当部長・工学博士)

衛星を使ったマルチメディアプロジェクトの
これからを語って下さったNTTの水野秀樹氏
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■ NTT東海大学との衛星利用マルチメディア共同プロジェクトの目的は?


□ まず、人工衛星を使うメリットとして、全国各地に、大量の情報を一度に送ることができます。そして質問などは各地のパソコンから地上系のインターネットを利用して送ります。ですから、往復のやりとりができるメリットを活かして、教材と先生は東海大学の代々木キャンパスに置き各地のキャンパスにこのシステムを設置して学生に授業を行います。もう一つ情報を共有できるメリットとして、他の場所においてある教材を使って各キャンパスで先生が授業を行うことができます。また、衛星経由で送ると場所を選びませんから、学生の自宅にもシステムを置くことが出来、在宅学習が可能になります。
 現在、付属高校もふくめ全国の東海大学のキャンパスに二十二ヶ所、学生の自宅に四十ヶ所、また、医療情報向けということで開業医の方に十ヶ所システムを設置しています。
 このプロジェクトでは代々木キャンパスから全国に送信してますが、実はこのシステムは衛星インターネットとして活用できますから、各家庭にこのシステムを置くとインターネット経由で世界中の教材にアクセスできます。居ながらにして世界中にある大量の情報を共有できる。そこがマルチメディアの一つのねらいです。

■ 使用している衛星について教えて下さい。


□ N―STARです。これは、NTTとNTTドコモが共同利用している衛星で、平成七年八月と八年二月にアリアンロケットで打ち上げています。

■ 実際に行ってみてどんなことを実感しましたか?


□ 講義の中でアンケートを頂いたのですが、日本全国で同時に授業ができるっていうのはすごい、ととらえている様です。先日もマルチメディア会議の際、北海道は吹雪なのに沖縄は気温が二十三度位の時で、東海大の坂田先生が「沖縄の人に吹雪を見せて下さい。」というと北海道側ですぐに見せてくれたのが好評でした。日本は縦長の国で、ある時間の他の場所の様子は頭の中ではわかっていると思いますが、実際に見てみると驚きました。同じ時間に講義をし同じ時間に考える、その共時性が実感できたことは非常にインパクトがありました。このことは今までのラジオ講座のようなものでは実感できないと思います。

■ 医療向けの利用もあるんですか。


□ 医療のほうは少し準備段階に時間をかけて、二つの柱で動いています。一つは、災害時の救急医療ということです。日常の通信手段がダウンした時、衛星ならあまり影響を受けません。その中で、避難所に集まった被災者の中でどんなものが不足しているのか、診療情報などお互い情報交換を行います。二月と三月にシュミレーション実験を行いました。もう一つは、最新医療情報の提供です。開業医の方向けに、東海大学の医学部が中心となって最新の医療技術など情報を提供するという様な利用を考えています。

■ 今後考えていることを教えて下さい。


□ 今考えていますのは、現在実験を行っているこのシステムの料金を、皆さんが使っているいままでのインターネット接続とほぼ同じ料金で提供することです。ただ、地上との大きな違いは、サーバからの大量の情報が非常に高速で受けられます。もう一つは、基本的にディジタルTVと同じ技術を使っていますから、例えば講義映像を送ったり娯楽映像を送ったりインターネットとつないだりというのが1つのチャンネルで可能です。ですから、今はインターネットと、衛星放送に個々に費用を払っているものが、このシステムだけ契約すればインターネットもできるしテレビも見ることができる、そして講義もうけられるというのも可能になります。来年中には実現したいですね。 



「南方熊楠に学ぶ(その1)」
 …吉川公二


南方熊楠
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 南方熊楠(みなかたくまぐす・一八六七〜一九四一)を学ぶ事を南方学とか熊楠学と呼ぶ。和歌山在住で『縛られた巨人』などの南方熊楠関連の小説を発表している神坂次郎氏は熊楠学と呼ぶ。
 「南方学」を定義づけるとすれば、南方熊楠が学んだ事を追従して学ぶ事と南方熊楠自身の事を学ぶ事、となろうか。同じ民俗学を志した柳田國男や折口信夫などはある意味で官や民と協同で学問を押し進めていた部分も多く含まれるので、現在までも多くの人たちが柳田学や折口学を形づくってきた。南方学の場合そうした事情とは異なり、言葉の正確な意味で独学―熊楠自身の言葉で言えば「文人=リテレート」―というものに執心した南方先生なので、この学問もなかなか前進していなかったというのが正しい。しかしその研究は確実に進んでおり、私の所にも少しずつではあるが情報が聞こえてきている。惜しむらくはそうした事が中々世間に伝わらないという問題はあるのだが、私たちにもその責任の一端はあるのかも知れない。
 南方熊楠を知ろうとする時にまず大事な点はどういう事かと言えば、私はその各々が知ろうとしている事が南方先生にとってどういう意味があったのか、熊楠先生はどういう言い方や考え方をされていたのか、という所が大切だと考えている。例えば私が開催した第一回目の「熊楠フォーラム」(一九九三年八月・大阪)でフォーラム委員でもある松居竜五氏(現・日本文化研究センター)は南方熊楠の書き言葉に対しての書換えを指摘されている。つまり南方先生が「○○を買うて」と書いてあるのを「○○を買って」と編集校閲されているのである、と。勿論「こうて」も「かって」も「買った」事には違い無いが、そうした表現を書換える事による伝わり方の微妙な違いを松居氏は指摘した。関西では「かって」というと借りる意もある。
 私は更に南方熊楠を考える時の「南方熊楠」という呼び方のイントネーションも大事では無いかと考えている。最近は関東式に「ミナカタクマグス」と「ナ」と「マ」にアクセントを置く言い方が流通しているが、これも微妙な所で対象に感覚的なズレが生じるのではないかと思う。
 南方熊楠は慶応三年に和歌山市に生まれ、市内和歌山中学へ通い、ここで鳥山啓(とりやまひらく、華族女学校、学習院教授。「軍艦」=軍艦マーチ作詞者。)に博物学を学び、東京大学予備門中退、更に十四年間の海外遊学はしていたものの、その後は那智時代から田辺時代へと移り住んだ。地元紀南の人達は「ミナカタハン」と呼んだのだろうし、「ミナカタクマグス」も紀州訛りであったのだろう。熊楠の「植物四天王」の樫山嘉一氏を父にもつ樫山茂樹先生(南方熊楠記念館常務理事、熊楠フォーラム委員)や、後藤伸氏などは現在でもきちんと「ミナカタハン」とお呼びになる。幸い私は大阪生まれの大阪育ちなので、比較的近い感覚で発音する事が容易であった。松居氏も京都の出身なので早くからそうした点に気づいておられたのだと思う。
 そして次に大事な点は「南方熊楠を学ぶ」という姿勢ではとうてい南方先生に追いつけないという事である。熊楠先生の為された事業は、当時よりも遙に高度化した文明の現在に生きる我々が集団で取り組んでも余りあるものなのだと思う。実際私たちが興味を持った事を南方全集の索引から引き出す事などは常にあり得る事なのである。
 つまり「南方熊楠を学ぶ」のでは無く「南方熊楠に学ぶ」という姿勢が正しいのではないだろうか。 今私が知りたい事は全て南方熊楠先生が教えて呉れているのである。
〈熊楠フォーラム〉南方学の確立と熊楠的精神の次代への継承を目的とした吉川公二氏が代表の団体。今後も各地で活動の予定。熊楠フォーラム事務局・〇六(九九二)二四八七。

「長崎県外海町出津文化村」
 自然豊かなやすらぎの町の“ド・ロ神父記念館”

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 長崎市内から北北西にバスで約七十分。五島列島を遠くにながめる角力灘(すもうなだ)の絶景を眼下にのぞむ外海(そとめ)町の出津(しづ)文化村。国道に沿っている外海町立歴史民俗資料館、ならんで建つ町立子ども博物館、さらに歩いたところの町立ド・ロ神父記念館。その先の出津教会など、この一帯を出津文化村と言います。
 遠藤周作氏の「沈黙」の舞台になったのもこの外海町で、文化村の中には「沈黙」の記念碑もあります。  この町はかつて隠れキリシタンが住んでいた町で、当時の地元の貧しい人たちを物心両面で支えたのが、フランス人の宣教師マルコ・ド・ロ神父。
 当時、港や道路や建物の建設などの大きな工事。養蚕、染色、織物、網結いやマカロニ、ソーメン、パン作り、搾油などといった生活に密着した技術。そして医療、農業、教育。神父の知識のをすべてこの地の人々のために使ったといいます。
 ド・ロ神父記念館にはその当時の道具や遺品がそのまま展示されています。記念館も神父の建てたいわし網工場で当時の建物です。
 技術も道具も人のために使われてこそ生きるもの。ド・ロ神父は身を持って教えてくれているのです。宗教的な意味ではなく、この記念館では社会福祉の原点を見た思いでした。皆さんも歴史と自然の静かな町外海町、そして出津文化村のド・ロ神父記念館を訪れてみてはいかがでしょうか。
 お問合せは、外海町教育委員会(電話0959―24―0211内線43)。

「毛利ツトムの今一番旬なCD」
 加山雄三トリビュート

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 このコーナーでは、「今一番旬なCD」と題してジャンルにとらわれずに色々なCDを紹介して行きます。サイエンスとは関係ないかも知れませんが、息抜きのつもりでお付き合い下さい。
 日頃皆さんは多くの音楽に接していると思いますが、このコーナーではテレビやラジオから流れてくる音楽だけではなく、「こういうのもあるんだ!」という様なCDを中心に紹介していくつもりです。
 と言いながらも記念すべき一枚目は「加山雄三トリビュート・アルバム〜60キャンドルズ〜」です。何故加山雄三なのか。今回このアルバムを取り上げたのは幾つかの理由がありますが、やはり一番は『加山雄三=若大将』の曲が素晴らしいからです。日本には数多くの流行歌がありますが、その中でも加山さんの曲は本当の意味でのポピュラー・ミュージックだと思います。こどもの頃映画を見てギターを弾くマネをし、覚え立てのコードで好きな曲(私は『ある日渚に』が好きでした!)を歌ったり。しかし最近わが家でも聴かなくなったレコード・CDが隅の方で静かに眠っているかも知れません。新しいジャンルの音楽を求め続ける結果だと思います。そんな私は今回このCDで、再度オリジナル曲の素晴らしさを知ることが出来ました。日本を代表するアーティスト達による『加山ワールド』。 
意外なアーティストと曲の組み合わせ。様々なアレンジ。しかしそこにはちゃんと『若大将』が存在しているのです。

 


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